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※暴力・流血・死亡描写ご注意ください。




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 天照劇場の舞台で人影が二つ、舞っている。
 …理由はそれぞれ違えど、表舞台に上がることのない二人の男が、剣戟の音を響かせて舞っている。互いに持つものは作りものの、演じるための小道具ではない。片方は守るために、片方は狩るために振るわれ続けた刀剣。そんな生き様から得手まで全て対極でありながら、舞台に上がるべきではない、それだけが彼らの共通点だった。

 男の名は深國充。
 天照劇場の副支配人にして、この墓場の守人。
 
 男の名は汜柳朔太朗。
 蛟の血を持つ刀匠にして、殺し屋の男。

 劇場を支える者と、裏社会に生きる者と、交わらぬ筈のない二人は、しかし、この壊れた世界で互いに互いの理由で武器を取った。
 守人と狩人が、ぶつかり合う。
 それならばこの巡り合わせは必然なのだろう。
 充は、愉しげに剣を振るう男の笑みを視界に捉えるたびに奥底が冷えてゆくのを感じた。
 
 自分はこのようには成れない。
 
 どんな絶望があったとしても、他人を傷つけ嗤うような、斬り伏せて悦に浸るような男には成れない。
 自分には誇りがある。
 この劇場を訪れたお客様が、満足と喜びに頬を紅潮させて、共に来た人と、もしくは内なる自分と語りながら帰ってゆくのを見送ること。
 舞台を演じた者、楽器を奏でた者たちの一公演の終わり、自身の出せる力を出しきった、満足そうな笑顔を見ること。
 …そしてそれらを、とても尊く幸せな事を、微笑み見守るために現世に留まり続けるひとの、優しい笑顔を見ること。
 全てが自分に返るものでも、自分に向けられるものでなくて良かった。其れらが、…この劇場で繰り返し繰り返し、訪れる人と見守る人が笑顔になる事が、充の幸せだった。
 
 其れが、今はどうしてこう狂ってしまったのか。
 訪れるお客様もいない。舞台に立つ者たちも、減ってしまった。そして、あの笑顔のひとも、歌声だけを遺して消えてしまった。
 
 充はやり場のない怒りを抱えながら生きるしかなかった。狩人と剣を交えても、虚しさしか募らない。
 守人などと新たな誇りを得ても、…勝てないのは分かっていた。今まだこうして生きているのは、狩人の気まぐれの結果だ。まだ、戦い甲斐があるから生かしている。死ぬ必要が無いから、まだ、生かされている。
 果たしてそれは生きていると言えるのだろうか。希望も見えぬ生は、意味があるのだろうか。
 磨耗しきった心が、ゆっくりと、最後の芯まで削られてゆく。

 この劇場が破壊を免れていたのは自分が護り続けた結果からではない。
 ただ、そちらに割く力が惜しいから放置されていただけで、こうして、気まぐれで終わりの刻を与えられる。それが、今だという、其れだけだった。

「私は、結局、無力か」
 充は久しぶりに口の端を歪めた。
 笑みはとうに消え、自嘲すら久々に得るものだ。
「不破、…さん」
 こちらの息の乱れを察してか狩人が離れた。その気遣いに、怒りを通りこしてため息が出る。
 だが、好都合だ。舞台袖、こちらの『命令』で動く事ができない赤毛の青年に背中を向けたまま、声をかける。
 あれなりの情けなのだろう。待機命令を出された、哀れな異能持ちの彼へも含め。
「深國さん…!」
 戦える。そう、青年が期待の声をあげた。彼の技能も異能も其の為に鍛えられてきたものであり、こうして温存されるべきではない。
 ご命令を。
 ご命令をどうぞ、ご主人さま。
 そうして待つ青年に向けられた最後の命令は、しかし、違った。
「…貴方は逃げ、生きてください」
 不破の表情が固まる。
 つまり、其れは。
「俺に戦うなと言う事ですか…!」
「……護るひとが、まだ、居るでしょう。そのひとを護りなさい。私が成しえなかったことを、成しなさい」
 息を吐き。
「振り返ることは許しません。…行け!」
 ひとときの、仮初めの主人の『命令』に、不破は抗うことはできない。じわりと血が滲むほどに握られた拳を震わせ、…奥歯を噛み締め、『命令』に従う。
「…わかりました、『主』よ」
 喉から掠れた声を絞り出し、ようやく言葉を紡いで、不破は振り返り走り去った。
 足音が遠くなってゆくのを聞きながら、狩人が芝居じみた仕草で肩をすくめる。
「可哀想にね」
「………」
 充は、無言のまま狩人を見据えた。自分よりも若い、まだ二十代そこそこの若い外見でありながら、浮かべる表情は年老いた者特有の諦観が垣間見える。
 …それよりも、漂う雰囲気が不快だった。まとわりつき、粘つくような、甘い鉄錆の臭い。近づくたびに沼の淵に誘われ、引きずりこまれる錯覚に陥りそうになる。
「……最期に何か言うことはあるかな」
「……………」
 は、と短く息を吐く。
「遺言は無いのかい。…此処を護り続けた守人さん。僕にも、それくらい聞く情けはあるよ」
「彼を見逃して貰っただけで、充分だ」
「…ああ」
 蛇のような目が、不破が去った方角を見る時だけ、僅かに違う感情を灯す。
「…不破家とは縁があってね」
 幾分かひとに近い熱を乗せて、呟き。…また冷えた蛇の目が愉悦に染まる。
「さて、どうするね。この歌声は鎮魂歌にぴったりだ、だから余計な言葉などいらないと?」
 どこから聴こえてくるのかなあ、と呑気に見上げる仕草が気に食わない。
「黙れ」
「……この歌声が、そんなに特別なのかな?」
「黙れと、言っている」
 この劇場に響く歌声はかつての主、比良坂絹子のものだ。彼女なき今でも、彼女の歌声が響き続ける。
 何故か、聴き覚えのある歌声。
 少しばかり気恥ずかしい感情が伴う記憶も呼び起こす。それは、
「………」
 …悪い夢にうなされているようでしたから。
「…これは、」
 優しい子守唄として、まどろむ意識のなかで聴いた歌だ。何故、忘れてしまっていたのだろうか。
 …ええ、絹子さん。…これは、悪いゆめです。
 充は懐から拳銃を取り出した。幾度か此処を襲撃した者の遺体から拝借したものだ。
「撃つかい?」
「ああ」
 狩人が静かに呼吸を変える。腕や脚に、ぎり、と力がこめられたが。
 しかし充は、握り手を変えて銃口を己の顎下にあてがった。左側、顎骨にくわえさせながら。とくりとくりと脈打つ血菅に狙いを定めて。
「なんのつもりかな」
「私は、忘れていた」
 充の声は穏やかだ。
「…この歌を、聴いたことがあった。私は、何故、忘れていたのだろう」
 語る言葉は独り言に近い。
「…そして、意味をすげ替えて」
 守りたいひとはただ一人。
 守るべき場所をその代替にして。
「私の感情が此処を穢している」
 天照を彩る藝術の場所。万人が楽しみ、それを愛し見守るひとの尊い意志を、自分が穢していた。守るなどと薄っぺらい言葉一つで。
「…….介錯でもしようか?」
「要らんさ」
 充はひたりと蛟を見る。
「斬られてやれなくて、済まないな」
 音が響く。
 命を断つための引き金と共に。
 男が倒れ、その振動が足裏に伝わる。じわりと血溜まりが広がってゆくのを眺め、ああ、と蛟は微笑した。
「確かに斬るのを忘れていた」
 介錯は断られてしまったし、遺体を刻むのは主義に反する。
 刀に血を吸わせてやれなかったから、まだ刃は美しく煌めいている。
「………あんな死に方して、苦しいだろうに。勿体無いなあ」
 暫しぼうと眺めてから歩み寄り、跪き、白いハンカチを抜き取るとその顔にかけた。
「舞台を穢しきって、満足かい」
 カーテンコールも鳴らぬ無人のホール。不器用な男が長く秘めていた恋心の自覚など、面白くも無い演目だった。
 
「くだらない」

 朔太朗の声音には僅かに、ひとの感情が宿っていた。


*  *  *

以降の流れ。
◾︎深國充:ゆめの世界で自害。現実世界で目覚めます。
◾︎不破仁定:生存。最後の命令の効果は半日程度。守る人の側に行くようです。
◾︎汜柳朔太朗:この後色々あって(荻ノ目さんの作品『おもいしずむ、みなそこに』て死亡。
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