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◆石動錫嘩◆
◆ぱる子さん宅の詠谷征彦さんをお借りしています。
◆ぱる子さん宅の詠谷征彦さんをお借りしています。
+ + + + +
朝、早くに目が覚める。
それは学生時代からの癖であって社会人であるから、という自覚からくるものではなく、もう癖になってしまっているものだ。
弁当を作って支度する時間ができると思えば嬉しいが、
――隣で眠るひとの温もりを知ってからは少しだけ、そんな習慣が恨めしくもなる。
ぱしんと軽く両頬を叩いて意識を覚醒。今日、隣で眠る温もりは無いのだ。
「…よしっ」
身体を起こして軽くストレッチして、さあ、日課から始めましょう。
「…錫ちゃあん」
「何でしょう、所縁」
「…私ねぇ、鶏ささみの梅しそ和え、多めがいいなあ」
「わかりました」
寝ぼけて甘えるルームメイトに苦笑しつつ、おかずのリクエストはうけておく。日ごろ作るお弁当が自分と彼女の分ともう一つ、合計三つになっても、彼女は特にからかうわけでもなく、によによと微笑むのみで済ませてくれた。
時々、帰りに卵を買ってきてくれたりもする。
三つ目のお弁当を渡す相手は卵が好きだ。外食しても、自分で自炊する場合でも、卵料理は外さないし欠かさない。練習にもなるし、更にもう一品、と考えもするが、お弁当に詰めるおかずのレパートリーは一周した感じで。
「いつか手料理ふるまえるといいよ、ね~」
「所縁っ」
顔を洗って意識をさっぱり覚醒させた彼女の言葉は、今日も鋭い。
……はぁ。
「……いつか、です。いつか」
とろりとした舌触りの、冷めても美味しい卵焼きを皿に移す。きっと、できたての今が、いちばん美味しい。それを、彼に食べてもらいたい。
「…すーずちゃん」
「はい」
「焦っちゃだめよ?」
分かっていますよ。
…ちょっとだけ、想うくらい、いいじゃないですか。
「さ、所縁。遅刻してしまいます」
「おおっといけない。錫ちゃんも早く早くっ」
「ええ」
お弁当箱にご飯とおかずを詰めてゆく。
色鮮やかな、食欲をそそるような。栄養バランスも考えて組み合わせて。女性用のランチボックスに比べ、ちょっと容量多きめのランチボックスを彩ってゆきながら、朝の一仕事を終わらせた。
特別高等警察が錫嘩と、その想い人の職場である。
紺色の制服は天照に住む者なら誰でも知っていて、尊敬の念すら抱かれる対象だが――…
「こうしてはいられるか!俺は愛する者のところに行くッ」
「っざけんな戻って来い稲宮ァァァア!!」
「はっはっは、いつものことですからそうカッカなさらずに。にんじんスティックなどいかがですかな!」
……凶悪犯罪犯を担当する一課の、廊下にいても聞こえてくるこのかけあいを聞いていると、特高ってなんだっけと疑問符が沸いたりもする。
「おい黎実さん消えてから何時間経った!?」
「えっ、ええと、まだ、一時間も経ってないかと…」
「ならまだ近辺で迷ってる可能性があるな…! よし! いける!!」
何がいけるのか、何故迷っているの前提なのか、わからない。
「今日もにぎやかっつーか、うるせぇのな」
「ひゃっ!?」
書類を手に、さてどう声をかけようかとドア前で立ちすくんでいた錫嘩の背後から、笑みを含んだ声が響く。思わず書類を抱えるようにして振り向けば、人懐っこい笑みを浮かべた男性がよぉ、と手をあげる。
「書類?」
「え、ええ、はい」
「いーんだよウチいつもこんなだから、声かけづれぇのわかるけども。またそっちのカチョーさんが苦ぇ顔すっぞ?」
「それは…分かって、いるのですが」
錫嘩が俯くと、ははぁん、と男性――砂渡蒼天に浮かぶ表情は、悪ガキの笑みに変わる。彼は、勢いよくドアを開け、
「詠谷ーーーーーーィィィご指名だよォーーーー!」
「はいッ!?」
一課のドアの向こう。ごん、と鈍い音がしたが、蒼天の背しか見えない錫嘩には誰が何をどうした音かまではわからない。ばたばた、と近づく足音が誰のものかはわかるのだが。
「す、…石動さん」
じゃあねぇと去る蒼天と入れ替わるようにやってきたのは、詠谷征彦だ。額をさすりつつ来た様子から、さっきの鈍い音は彼のものかもしれない。
「ゆ、…詠谷、さん」
互いにプライベートは別と定めておきながら、とっさに呼んでしまうのが下の名前であることはなんとなく気恥ずかしい。空気を変えようとして、ええっと、と同時に言ってしまってまた二人して俯いて。
「すみません」
もはや謝り癖のようになってしまっているが、錫嘩は小さく呟くと書類を渡す。
「…一課へ書類です。緊急のものではないのですが、なるべく早く確認お願いします」
「あ、うん」
書類を受け取る詠谷の指と錫嘩の指がわずかに触れる。男性らしい、骨ばった指。入りかけるスイッチを強引に戻しつつ、錫嘩は顔を上げた。
少し困り顔をした愛しいひと。
癖のある黒髪ごと、頭をかきつつ、錫嘩を見て口の端に笑みを浮かべる。
「今日…も、期待していいのかな」
弁当のことだ。よく行く定食屋の卵料理の味が変わってしまったと彼が落ち込むから、宜しければ作ってきますがと言い出したのは自分で。それから、日課になっている。
「はい、ご期待下さい」
待ち合わせは、お昼休み、いつもの場所で。
「うん、旨そうだ」
近くの公園のベンチで二人並んで座りつつ、お弁当を広げる。
忙しいと渡すだけで済んでしまうのだが、時間がある時は二人で食べよう。明確に決めたわけでもない、そんな約束がいつのまにかできていた。
「ありがとうございます。さ、どうぞ」
保温ポットから味噌汁を注いで渡しつつ。いただきます、と両手を合わせる彼を見ると、胸の奥がほわりと温かくなった。
会えない時間もあるんだから会えるうちはがっちり会っとかないと! …と背を押すのは所縁だ。錫嘩自身、いっしょに居たい気持ちが大きいのでそうしている。
――不思議なものです。好きという気持ちは。
自分よりも年上の男性と恋人関係であるということ。会いたいです、と言う我侭もきいてくれるひと。そんなの我侭のうちに入らないよ、と笑ってくれるひと。
その笑顔が好きだ。
今日のように、一課に提出しなければならない書類を手にしつつ、あの賑やかな空気を壊してよいものか逡巡していると、あの笑顔を浮かべながら手を差し伸べてくれたひと。
「お」
卵焼きを一切れ摘む。美味しそうに食べる様子はちょっとだけ子供っぽくもあり、それが自分の手作りのものだと思うと気恥ずかしくもある。
「美味しいよ」
恐縮です。言って錫嘩も卵焼きを一切れ、半分に割って食べた。…うん。美味しい。けれど、ちょっと、違う。味わい、飲み込み、深呼吸して、
「よみ、…いえ、…征彦さん」
「なんだい」
「退勤してからのご予定は」
ちょっと早口になってしまった。ん? と、詠谷は首を傾げる。
「今日は特に無いかな。抱えてたのは昨日でやっと一段落ついてね」
いやぁ疲れた、と零す詠谷。けれど、錫嘩が続く言葉を飲み込みかけたのを察したのか、それを促す。
「どうしたの?」
――ですから私はその笑顔に弱いのです。
それは言葉にせず、錫嘩はもう一つ深呼吸して、詠谷を見る。
「お願いがあります」
以前、詠谷はこう言ってくれた。錫嘩ちゃんは俺には甘えていいんだよ、と。
…ならば今このとき甘えなくていつ甘えろと言うのでしょう…!
「な、なんだい?」
「私、明日は非番なのです。平たく言うとお休みです」
「うん」
「征彦さん。明日、私が三食ご用意したいのですが良いでしょうか…!」
ざあ。
公園に、涼しい風が吹く。
…それでも詠谷の頬にひとすじ、汗が伝った。
「…錫嘩ちゃん」
「はい」
「…それは朝、昼、夜と、…ええと、俺の勘違いだったら申し訳ないんだけど、……弁当を作って渡すのとは違うんだよね?」
「そうですね。弁当は、持ち運びが出来て冷めても美味しいおかずを考える楽しさがあります。ですが、…真に美味しいのはやはりできたてです。それを是非、明日、朝から」
「わかった、大丈夫、うん、わかった!」
慌てて止められました。最後まで言わせて貰えなかったのは、何故でしょう。
「……つまり俺の家に来たいと」
「はい、征彦さんが大丈夫でしたら!…調理器具や調味料ですか?それは私が用意しますのでご心配なく!」
そーじゃないよー、と、詠谷は箸を置き、代わりに額を手でおさえた。
「……あのね錫嘩ちゃん」
「なんでしょう!」
はあー…という重い、重い溜息が詠谷の口から漏れた。暫くそうしてから、小さく、掠れた声が続く。
「……分かってないんだからなあ…」
詠谷の異能を使うまでもなく、錫嘩の思考は単純明快、疲れがちな詠谷に美味しいご飯を作りたい。それだけなのだと、分かる。
ただお互いお付き合いをする仲なのだから、うかつに口にしていい言葉といけない言葉もあることもあると、知って欲しい。
……まあ教えていけばいいだけか。
詠谷は結論を出すと、よし、と改めて錫嘩を見る。
まっすぐだった。姿勢も、視線も。目があうとはにかむ笑みは、ここ最近見るようになった彼女の柔らかな部分のひとつだ。
「そうだね錫嘩ちゃん、それなら――…」
きょとんとした顔が、次第に赤みを増して、慌ててゆくのも。
一日が終わりを迎える。
お疲れ様ですと声をかけ、二人、僅かに空いた距離のまま歩いてゆく。
帰路につくひと、呑みにゆくひと、そんなひとたちが歩く道を歩いてゆくと、さして意識もせずその距離は詰まる。
自然と指が絡まりあい、手が繋がった。
はぐれそうになったから、とか、言い訳を作ろうと思えば作れたけれど言葉にはしなかった。
「征彦さん」
「うん」
いつもの笑顔が、我侭のうちにはいらないよと、無言の許しをくれた。
「何が食べたいですか」
「そうだなあ。卵焼きは外せないな」
「それは大丈夫ですよ」
他愛ない会話で笑いながら。
手から伝わる温もりに、錫嘩は幸せです、と心のうちで呟いた。
朝、早くに目が覚める。
それは学生時代からの癖であって社会人であるから、という自覚からくるものではなく、もう癖になってしまっているものだ。
弁当を作って支度する時間ができると思えば嬉しいが、
――隣で眠るひとの温もりを知ってからは少しだけ、そんな習慣が恨めしくもなる。
ぱしんと軽く両頬を叩いて意識を覚醒。今日、隣で眠る温もりは無いのだ。
「…よしっ」
身体を起こして軽くストレッチして、さあ、日課から始めましょう。
「…錫ちゃあん」
「何でしょう、所縁」
「…私ねぇ、鶏ささみの梅しそ和え、多めがいいなあ」
「わかりました」
寝ぼけて甘えるルームメイトに苦笑しつつ、おかずのリクエストはうけておく。日ごろ作るお弁当が自分と彼女の分ともう一つ、合計三つになっても、彼女は特にからかうわけでもなく、によによと微笑むのみで済ませてくれた。
時々、帰りに卵を買ってきてくれたりもする。
三つ目のお弁当を渡す相手は卵が好きだ。外食しても、自分で自炊する場合でも、卵料理は外さないし欠かさない。練習にもなるし、更にもう一品、と考えもするが、お弁当に詰めるおかずのレパートリーは一周した感じで。
「いつか手料理ふるまえるといいよ、ね~」
「所縁っ」
顔を洗って意識をさっぱり覚醒させた彼女の言葉は、今日も鋭い。
……はぁ。
「……いつか、です。いつか」
とろりとした舌触りの、冷めても美味しい卵焼きを皿に移す。きっと、できたての今が、いちばん美味しい。それを、彼に食べてもらいたい。
「…すーずちゃん」
「はい」
「焦っちゃだめよ?」
分かっていますよ。
…ちょっとだけ、想うくらい、いいじゃないですか。
「さ、所縁。遅刻してしまいます」
「おおっといけない。錫ちゃんも早く早くっ」
「ええ」
お弁当箱にご飯とおかずを詰めてゆく。
色鮮やかな、食欲をそそるような。栄養バランスも考えて組み合わせて。女性用のランチボックスに比べ、ちょっと容量多きめのランチボックスを彩ってゆきながら、朝の一仕事を終わらせた。
特別高等警察が錫嘩と、その想い人の職場である。
紺色の制服は天照に住む者なら誰でも知っていて、尊敬の念すら抱かれる対象だが――…
「こうしてはいられるか!俺は愛する者のところに行くッ」
「っざけんな戻って来い稲宮ァァァア!!」
「はっはっは、いつものことですからそうカッカなさらずに。にんじんスティックなどいかがですかな!」
……凶悪犯罪犯を担当する一課の、廊下にいても聞こえてくるこのかけあいを聞いていると、特高ってなんだっけと疑問符が沸いたりもする。
「おい黎実さん消えてから何時間経った!?」
「えっ、ええと、まだ、一時間も経ってないかと…」
「ならまだ近辺で迷ってる可能性があるな…! よし! いける!!」
何がいけるのか、何故迷っているの前提なのか、わからない。
「今日もにぎやかっつーか、うるせぇのな」
「ひゃっ!?」
書類を手に、さてどう声をかけようかとドア前で立ちすくんでいた錫嘩の背後から、笑みを含んだ声が響く。思わず書類を抱えるようにして振り向けば、人懐っこい笑みを浮かべた男性がよぉ、と手をあげる。
「書類?」
「え、ええ、はい」
「いーんだよウチいつもこんなだから、声かけづれぇのわかるけども。またそっちのカチョーさんが苦ぇ顔すっぞ?」
「それは…分かって、いるのですが」
錫嘩が俯くと、ははぁん、と男性――砂渡蒼天に浮かぶ表情は、悪ガキの笑みに変わる。彼は、勢いよくドアを開け、
「詠谷ーーーーーーィィィご指名だよォーーーー!」
「はいッ!?」
一課のドアの向こう。ごん、と鈍い音がしたが、蒼天の背しか見えない錫嘩には誰が何をどうした音かまではわからない。ばたばた、と近づく足音が誰のものかはわかるのだが。
「す、…石動さん」
じゃあねぇと去る蒼天と入れ替わるようにやってきたのは、詠谷征彦だ。額をさすりつつ来た様子から、さっきの鈍い音は彼のものかもしれない。
「ゆ、…詠谷、さん」
互いにプライベートは別と定めておきながら、とっさに呼んでしまうのが下の名前であることはなんとなく気恥ずかしい。空気を変えようとして、ええっと、と同時に言ってしまってまた二人して俯いて。
「すみません」
もはや謝り癖のようになってしまっているが、錫嘩は小さく呟くと書類を渡す。
「…一課へ書類です。緊急のものではないのですが、なるべく早く確認お願いします」
「あ、うん」
書類を受け取る詠谷の指と錫嘩の指がわずかに触れる。男性らしい、骨ばった指。入りかけるスイッチを強引に戻しつつ、錫嘩は顔を上げた。
少し困り顔をした愛しいひと。
癖のある黒髪ごと、頭をかきつつ、錫嘩を見て口の端に笑みを浮かべる。
「今日…も、期待していいのかな」
弁当のことだ。よく行く定食屋の卵料理の味が変わってしまったと彼が落ち込むから、宜しければ作ってきますがと言い出したのは自分で。それから、日課になっている。
「はい、ご期待下さい」
待ち合わせは、お昼休み、いつもの場所で。
「うん、旨そうだ」
近くの公園のベンチで二人並んで座りつつ、お弁当を広げる。
忙しいと渡すだけで済んでしまうのだが、時間がある時は二人で食べよう。明確に決めたわけでもない、そんな約束がいつのまにかできていた。
「ありがとうございます。さ、どうぞ」
保温ポットから味噌汁を注いで渡しつつ。いただきます、と両手を合わせる彼を見ると、胸の奥がほわりと温かくなった。
会えない時間もあるんだから会えるうちはがっちり会っとかないと! …と背を押すのは所縁だ。錫嘩自身、いっしょに居たい気持ちが大きいのでそうしている。
――不思議なものです。好きという気持ちは。
自分よりも年上の男性と恋人関係であるということ。会いたいです、と言う我侭もきいてくれるひと。そんなの我侭のうちに入らないよ、と笑ってくれるひと。
その笑顔が好きだ。
今日のように、一課に提出しなければならない書類を手にしつつ、あの賑やかな空気を壊してよいものか逡巡していると、あの笑顔を浮かべながら手を差し伸べてくれたひと。
「お」
卵焼きを一切れ摘む。美味しそうに食べる様子はちょっとだけ子供っぽくもあり、それが自分の手作りのものだと思うと気恥ずかしくもある。
「美味しいよ」
恐縮です。言って錫嘩も卵焼きを一切れ、半分に割って食べた。…うん。美味しい。けれど、ちょっと、違う。味わい、飲み込み、深呼吸して、
「よみ、…いえ、…征彦さん」
「なんだい」
「退勤してからのご予定は」
ちょっと早口になってしまった。ん? と、詠谷は首を傾げる。
「今日は特に無いかな。抱えてたのは昨日でやっと一段落ついてね」
いやぁ疲れた、と零す詠谷。けれど、錫嘩が続く言葉を飲み込みかけたのを察したのか、それを促す。
「どうしたの?」
――ですから私はその笑顔に弱いのです。
それは言葉にせず、錫嘩はもう一つ深呼吸して、詠谷を見る。
「お願いがあります」
以前、詠谷はこう言ってくれた。錫嘩ちゃんは俺には甘えていいんだよ、と。
…ならば今このとき甘えなくていつ甘えろと言うのでしょう…!
「な、なんだい?」
「私、明日は非番なのです。平たく言うとお休みです」
「うん」
「征彦さん。明日、私が三食ご用意したいのですが良いでしょうか…!」
ざあ。
公園に、涼しい風が吹く。
…それでも詠谷の頬にひとすじ、汗が伝った。
「…錫嘩ちゃん」
「はい」
「…それは朝、昼、夜と、…ええと、俺の勘違いだったら申し訳ないんだけど、……弁当を作って渡すのとは違うんだよね?」
「そうですね。弁当は、持ち運びが出来て冷めても美味しいおかずを考える楽しさがあります。ですが、…真に美味しいのはやはりできたてです。それを是非、明日、朝から」
「わかった、大丈夫、うん、わかった!」
慌てて止められました。最後まで言わせて貰えなかったのは、何故でしょう。
「……つまり俺の家に来たいと」
「はい、征彦さんが大丈夫でしたら!…調理器具や調味料ですか?それは私が用意しますのでご心配なく!」
そーじゃないよー、と、詠谷は箸を置き、代わりに額を手でおさえた。
「……あのね錫嘩ちゃん」
「なんでしょう!」
はあー…という重い、重い溜息が詠谷の口から漏れた。暫くそうしてから、小さく、掠れた声が続く。
「……分かってないんだからなあ…」
詠谷の異能を使うまでもなく、錫嘩の思考は単純明快、疲れがちな詠谷に美味しいご飯を作りたい。それだけなのだと、分かる。
ただお互いお付き合いをする仲なのだから、うかつに口にしていい言葉といけない言葉もあることもあると、知って欲しい。
……まあ教えていけばいいだけか。
詠谷は結論を出すと、よし、と改めて錫嘩を見る。
まっすぐだった。姿勢も、視線も。目があうとはにかむ笑みは、ここ最近見るようになった彼女の柔らかな部分のひとつだ。
「そうだね錫嘩ちゃん、それなら――…」
きょとんとした顔が、次第に赤みを増して、慌ててゆくのも。
一日が終わりを迎える。
お疲れ様ですと声をかけ、二人、僅かに空いた距離のまま歩いてゆく。
帰路につくひと、呑みにゆくひと、そんなひとたちが歩く道を歩いてゆくと、さして意識もせずその距離は詰まる。
自然と指が絡まりあい、手が繋がった。
はぐれそうになったから、とか、言い訳を作ろうと思えば作れたけれど言葉にはしなかった。
「征彦さん」
「うん」
いつもの笑顔が、我侭のうちにはいらないよと、無言の許しをくれた。
「何が食べたいですか」
「そうだなあ。卵焼きは外せないな」
「それは大丈夫ですよ」
他愛ない会話で笑いながら。
手から伝わる温もりに、錫嘩は幸せです、と心のうちで呟いた。
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