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◆◆汜柳煉太朗◆◆
◆◆三峯泰央◆◆





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「汜柳サン」
 声をかけられ、腕を掴まれるまで意識がぼうとしていた事に気づく。…こちらを見るのは長身の、
「ひ、」
「汜柳サン?」
 悲鳴は喉奥へ。いくらあれと同じ程度の長身とはいえこの人は違う。緋色の髪と隻眼の、雰囲気こそやくざ者だが花屋の店主だ。
「…あ、あ…すみません」
「顔色が悪かしボンヤリしとぉし。体調、悪いんやないですか」
「あ。はは。大丈夫、大丈夫」
 笑いは渇き、張りぼてのような取り繕いだが、花屋の店主・三峯は嘆息だけで話題を終わらせてくれた。
「ご注文の青薔薇をお届けに」
「やあ、いつも有難うね」
 伝票にサインをし、ふと届けられたものに視線を向け、
「……今日の、ちょっと多くない?」
「お得意様ですけんサービスやて、お嬢が」
「へぇ」
 嬉しいなあ、と玄関に置かれた青薔薇を見つめる。希少種と聞いたが、不思議とこの花屋の定番商品らしい。他にも白、赤と買うが、青薔薇は煉太朗のお気に入りだった。早速部下に飾るように指示を出し。
「ガルエルさんも少し気分が和らぐといいんだけど」
 同研究所の、外見は自分より若く美麗な異星人を思い浮かべる。気難しい、というより言葉を飾らぬさっぱりとした気性のひとだ。
 …まあ花って飾られてあるだけでなんとなくいいよね。うん。
「じゃあ、また次も宜しくね」
「はい。ご贔屓に」
 三峯が去ると、さてオマケで頂いた分はどこに飾ろうか、と暫し部下と話し合う。すると、玄関や窓辺に小さく添えられるアレンジメントが増えていった。手先が器用な部下は持つものだ。
 カスミソウと青薔薇の小さなそれをひとつ分けて貰う。
「少し休憩してくるよ」
 行ってらっしゃいませ、と背に言葉を得て。
 …向かった先は喫煙所だ。さすがに煙が充満する空間に置くのは偲びないので、渡り廊下の窓辺にそっと添えておく。
「………はぁ」
 懐から愛用のライターと煙草を取り出し、一服。こっそり買ったあれは自宅だけで吸っているが、吸い始めるとあの甘さと苦さが癖になってきていけない。
 口内に広がるメンソールの香りと苦味。煙が喉を降りて肺に広がり、独特の爽やかな感覚が息とともに抜けていく。
「……三峯クンに言われたっけか」
 男性がメンソールを吸うと性欲減退するとかどうとか。真面目な様子で彼が言うから思わず笑ってしまって、少し落ち込ませてしまった。
「青薔薇かあ」
 奇跡の象徴であり女神の祝福、と聞いた。 花に疎い煉太朗は、とりあえず研究所に花を置くなら一発で目を奪えるのがいいなぁと三峯に注文したのだ。
 青薔薇はそれから煉太朗の生活と共にある。部下がこまめに水を替えて世話してくれるのが有難い。
「…さあて行きますかね」
 ここ最近、喫煙所で見かけるあの甘い煙草の人とは今日はすれちがいの日のようだった。会ったところで共通の話題もないが、なぜあの煙草を好むのかは聞いてみたくもある。
 研究所に戻る道すがら、聞こえてくるのは甲高く響くリコーダーの音。
 まだ、挑戦しているのかな。
 楽器は素直だ。与えられるままの力を響かせる故に、加減がなければそのままの音を表現する。
 …余計な事かもしれないけど。そんな前置きを一つ置けば、余計と思う無駄はするなと言い放つ人に、さてなんと声をかけようか。

 穏やかな時間に、煉太朗は肩の力が抜けているのに気づき、微笑した。
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