終わる奇跡／ラージュ、三峯泰央 【第陸回公式イベント：SS】 [ 西京SS main ]

◆◆ラージュエルバ◆◆
◆◆三峯泰央◆◆

▼第陸回公式イベント『東京PROJECT』
▼ふりつもるもの：続。

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「いらっしゃいませ」
　常は店の奥に籠もり、花束を作るか会計を担当していた青薔薇の少女は、今日に限って珍しく店頭で接客に勤しんでいた。幼い少女の外見に似合わず落ち着いた物腰で挨拶をし、敬語は使いこなせていないものの、懸命に花を売っている。
「本日はどんな花をお望みかしら」
少女の、そんな口調に慣れた常連客は苦笑いしながら店頭の花を眺め、少女は端から説明をしてゆく。これらの花が、どれだけ美しく咲いているかを。
　和やかなある一日の、もうじき――


　――11月某日、12:00。


　ガタンゴトン。ガタンゴトン。
　本日の配達は一件。車を走らせるほどの距離ではなく、かといって徒歩で運ぶには少しばかり遠い配達先へ。
　ガタンゴトン。ガタンゴトン。
　山手線の電車に揺られながら、振動の心地よさに、三峯は浅い眠りに落ちかけ――…

『…すみませんねえ。思うた通りに動きませんで』
『………』
　かは、と血を吐く裏切り者を一瞥して油を撒き、火をつけた。
　自分の携帯電話が火の向こうにあるのに気づいて、踵を返す。
　――もう要らないものだ。
　あの人にも、こいつにも、もう自分は要らないもの、だ。
『……若』
　最後くらい。
『…名、津…さん』
　名前を。
『宇三郎さん』
　呟き、車のエンジンをかけ、あてもなく走り――

　――アナタはもう私のモノね。

　ガタン。
「…！」
　ブレーキに揺り起こされ、三峯はぼうとした頭のまま、商品を抱えて電車から降りた。
　配達先はここを降りて。寝過ごすとこやった危なかった。しかしお嬢、ツボミからまた咲く言いよったけどちぃとも大きゅうなる気配が無いんはどしたんやろか。
　改札を通ろうとして、…足が止まる。
　西京に迷い込んで半年以上。漸く慣れた、少しばかり郷愁を誘う西京の雰囲気と、三峯が今いるここが違いすぎて。
「此処は」
　妖怪、魑魅魍魎といわれる人と異なるモノが居ない。駅の構内、つくりの全てが違う。何より空気が薄汚れていて、ひどく気持ちが悪い。
「なし…！？」
　帰る手段は無いと聞いていた。帰る場所も無いからと諦めていた。…無理やりに、自分に言い聞かせてもいた。
「……すいません！」
　どちらにしろ切符は使い物にならない。綺麗にラッピングされた花籠を両手に抱え、三峯は改札横の清算所に駆け込んだ。
「あの、切符、無くしてしもて」
　早口でまくしたて花籠を御代の代わりにと押し付け、柵を越えて走る。
　困りますという声を背に受けたが、この風貌を追えるほど駅員の肝は据わっていまい。
「どこ、いや、いつのどこなん、此処は…！」
　日光を遮るようにそびえ立つ高層ビル。興味を持たないフリをしながら横目で他人を伺う人の目。いやなデジャヴばかりに、三峯は走った。
「店は。"花咲里"は、何処なん…！」
　地理が違う。道の感覚もうろ覚えだ。西京の地に慣れすぎた。もう骨を埋めていいとさえ諦めていた。
「…お嬢…」

　ぶかぶかの服で、見知らぬ他人のために命を削った花の少女。
　――アナタの背花、散らすのは惜しいわ？
　――私、ハナヤをやりたいのだけれど相手にされないわ。だけどアナタがいるから助かりそうよ。

「お嬢、」
　そや、俺が居らんとあの子はどうなってしまうん？

　――結果、アナタは助かって私は蕾になったの。

　離れてしまったらどうなるかなど知らぬままで。
「お嬢…！」
　近く遠い地、『東京』で、三峯は独り、無力さに空を仰いだ。


あ。
それは幸いに、もしくは不運にも客が少なくなる昼のこと。
"花咲里"の奥、花園で一休みをしようとした時のこと。
店の前を行きかう人々の目に、店の奥で倒れる小さな少女の姿は見えない。
「………ヤス」
ぷつりと切れた糸。ごそりと抜け落ちた半身。…身体に力が入らない。
「ヤス……」
視界はぼやけ、霞み、ラージュは力なく瞼を閉じた。