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クリスマス話がどうしてこうなった


※みみみさん宅の橘香平さん(http://www58.atwiki.jp/saikyoproject/pages/373.html)をお借りしています。





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クリスマスで賑わう商店街。歳末セールも併せて行われており、年始の準備品も店頭に並んでいて日付の感覚が曖昧になる。
ともあれ今日はクリスマス・イブ。自宅にいてもさりげなく見合いを勧められるのが目に見えていたので、桜華は人でごったがえす商店街に来ていた。暇つぶしができればいいなという感覚で、目についたクリスマスくじ抽選会に手を出してみたのだが。
ガランガラン、ガランガラン。
「おめでとうございまあああああす!」
「はあ」
欲がない時ほど大物はあたるものである。
温泉旅行お二人様ご招待〜、という盛り上げの言葉も右から左に流れてゆく。
適当に、「両親にプレゼントします」と言って受け取ったが石のような夫婦の二人が旅行というのも想像ができない。参ったなあ、と空を仰ぎ、
「…受け取っていただけるかしら」
桜華は駅へ足を向けた。


電車で移動し歩くこと暫く。目指すは最近よくお邪魔している、陶芸家の橘香平の家だ。
「いいのかい?こんなの貰っちゃって」
「ええ、是非楽しんでらしてください〜」
「有難うなあ」
老夫婦は有難う有難う、と言いながら採れた野菜と多めに作った煮物を桜華に渡す。寄り添うように帰る老夫婦を見送ってから、さて、と野菜を持とうとし。
「ほんとに良かったのか、お嬢」
ひょいと大根と白菜を持ち上げたのは家主の橘である。残された軽いもの、煮物が入ったタッパーと葱は桜華が担当した。
「高校生が温泉旅行を頂きましても。父も休みがとれないでしょうし」
そうかい、と橘の背が答えた。
…二人分の旅行券を、社会科見学させてもらっている彼に渡せなかったのは理由がある。
「(……お一人でご旅行を楽しむ方ではありませんものね)」
つい視線がいってしまうのは、散らかりがちな橘の家の中、埃一つ落ちていない仏壇である。彼は妻を早くに亡くし、それ以降再婚もせず独りで暮らしている。
そんな彼が家を空けて旅行に行くのは考えられない。ならば、と。普段から橘によくしてくれている老夫婦が、足腰が丈夫なうちの思い出作りになればと考えてのプレゼントだった。
彼が住んでいる地域は互いに助け合って暮らしている。妻を亡くした陶芸家、というのは親切な人柄の集落では世話焼きの対象だったのだろう。桜華も世間話に捕まったり、老夫婦に家へ招かれては料理を教わるまで親しくなった。
橘さんにいいひとができたねえとしみじみ言われ、慌てて否定したこともある。

自分と橘はそういう仲ではない。そうなることも、無い。
依頼人の名家のお嬢様というフィルター越しに大人の対応をしてもらっている事ぐらい、桜華にも分かっている。幼馴染二人が自分をそういう対象として見ることなく、対等な友人か妹という位置づけをしていたこともあり、
「(私が誰かの恋愛対象、になることはありませんものね)」
…見合い相手が家柄重視という色眼鏡で自分を見るのも、その思考に拍車をかけてゆく。
いつか自分も母のように見合いで縁を得て、視線も合わせぬ夫婦になってゆくのだろう。そんな諦めを抱いているせいか、橘のように一人の女性を愛し続ける姿に憧れた。
幼馴染二人も、それぞれの恋人を大事にしている。彼らも橘のように相手を想い続け、幸せな家庭を得るのだろう。それを羨ましいと思うことは無い。憧れは遠く、届かぬものであり、諦めを抱いた者に振り向くものではない。
「(奥様、今日もお邪魔いたします)」
ご挨拶が遅くなってすみません、と手を合わせながら続ける。
「(お野菜を頂いたのですよ。先日褒めていただいた煮物にしてみましょうか)」
お飾りのお嫁さんでも料理くらいはできませんとね、と苦笑した。家では包丁を握らせてもらえないので、橘の家の台所を借りたり先ほどの老夫婦の台所を借りて修行している。
「(橘さんはお優しいですね)」
彼にとっては姪を預かっているような気分だろうか。遅くなる前に帰れよとは言うが、邪険に扱われたことはない。…持て余している、のはあるだろうが。
「お嬢。煎餅食うか」
「嬉しいです。では、お茶を淹れますね」
茶器の場所は立花より分かっている事を、桜華は自覚していない。
時が止まったような立花の家のそこかしこに、常春の残り香を置いていることも。
「世間はクリスマスだってのに、お嬢は変わってるな」
「ケーキよりお煎餅が好きですもの」
「じゃなくてなあ」
普通は友人と遊ぶものだろうに。まあいいやと橘は頭を掻いた。
「橘さんはご旅行は?」
「何回か行ったなあ。最初は…」
新婚旅行で、と言葉が続くことは無い。対面して座り、微笑んでいる桜華に、いつかの妻の笑顔が重なったせいだ。
「…すみません」
「違うんだ」
妻との記憶は辛いものばかりではない。が、迷い、惑うばかりの少女に話すには気が引ける。
「つい、軽い気持ちで聞いてしまって」
「桜華」
「でも私、」
春にほころぶ花のような微笑が浮かぶ。
「私は、そうやって思い出してもらえる事は素敵だと思うのですよ」
…そこでそんな顔して笑うのか、この娘は。
橘が眉をひそめて見たことに、桜華は気づかない。

「冬はすぐ暗くなってしまいますね」
「そうだなあ」
バス停までの道だが、冬の夕暮れはほとんど夜の暗さだ。橘は送る、と桜華の隣を歩く。
「寒くはありませんか」
「お嬢こそどうなんだ」
コートはあるが手袋は無い。寒さで、二人の手は指先まで真っ赤になっている。
…それじゃあ小銭を出すのも一苦労だろう。
「橘さん?」
「ん」
橘は桜華の手を握っている。やましい気持ちからではないが、心の内で、亡き妻にごめんなと謝りながら。
「女は末端が冷えやすいんだろう」
早口で言われてしまえば、そうですね、と苦笑するしかなく。
「風邪ひくなよ、お嬢」
「橘さんこそ」
陶器を作るためか、かさついた職人の手。擦れる皮膚にわずかに力を緩ませる橘の手を、桜華はそっと握った。
「温めてくださるんでしょう?」
隙間が空いては温もりませんし、橘さんの手は好きなのですよ?と続ければ、次は橘が苦笑する番だ。

こんな風に奥様と二人、逢瀬を楽しまれたのでしょうか。
別れ際を惜しみながら歩かれたのでしょうか。

ほんの少し先を歩く背を見つめる。車道側を進み、照れながらも離すことはないひと。
…奥様、ごめんなさい。
桜華とって理想の憧れでありひとときの夢だ。この人はどこまでも優しく、そして遠い。
「橘さん」
「ん」
「有難うございます」
バス停での別れ際、小さく頭を下げると、なんのことだと言いたげな視線が返る。
「また遊びに来て良いでしょうか」
「ああ」
「それでは」
バスが来る。桜華を乗せて去ってゆくのを見届けてから、橘は背を向けた。
柔らかな肌の感触が手に残っていてどうもむず痒い。

春は人の心を惑わせる。
季節外れならなおのこと。

「(苦しいのはなぜでしょう)」
堅く閉じたはずの蓋がずれてゆく。
「(私は、)」
諦めは只の逃げである。目を逸らしたはずの現実が追いついてくる。
「(私が、)」
ゆめをみることは許されないのに。
「(選ばれることはないのですよ)」
蓋は、ずれたまま心に覆いかぶさって。


春は人の心を惑わせる。
幼馴染の二人へ抱いた親愛とは違う、遅咲きの初恋の種がようやく芽吹いたのだ。
不器用に優しい手の温もりをそっと抱えて、桜華はいつかの諦めの言葉を心の中で繰り返した。



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