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◆◆桜庭蓮爾◆◆
◆◆お借りしています◆宮原拓海さん宅:因幡直純さん◆◆




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 二月のバレンタイン時期になると心がざわつくのは何故だろう。
 お菓子を作るのが楽しいから? 店頭に並ぶチョコレートに目を奪われるから? 男女それぞれの思惑が絡み合って重なって、おそらく女性だっただろう自分の前世に引きずられそうになるから?
 桜庭蓮爾は纏まらない思考のまま商店街を歩く。
 夕飯は何にしよう。明日は休みだから、下ごしらえはゆっくりじっくり楽しめるはずなのに心が重い。
 なんとなく落ち込んだ思考のまま、買い物袋の中身は重さを増してゆく。
 翌日。朝から仕込むのは鶏ハムだ。胸肉に下味をつけ、小さなポリ袋に入れて沸騰した湯でゆがくこと暫し。放置は倍以上、じっくりと火を通す。その間に空いたガスコンロに次から次と、にんじんとゴボウのきんぴらだの厚揚げのネギ味噌焼きだのを作ってゆく。
「…これくらいかな」
 冷蔵庫に入れておいたスパゲティサラダもタッパーに詰めて、蓮爾は部屋を出た。

「どれも美味しいですよお!」
「それは良かった」
 多めに作ったから伊純さんにもどうぞ、というつもりだったのだが、今日も彼女の食欲は絶好調だ。これも美味しい、あれも、あ、この味付けは前にリクエストした分ですねえ。小さな口約束を覚えていてくれたのがくすぐったい。
 今日訪ねたのは親友の佐々浦奏海ではなく、お付き合いしている因幡直純の家だ。荒川城塞に妹と二人暮らしなのだが、妹の伊純は仕事でいないらしい。狙ったわけではないのだが、…と言うと男としての部分が心苦しい。下心も無いわけではない。食事で釣って、逃げないよう一緒にご飯を食べて、ここが彼女の家ーー彼女のテリトリーに自分という異物を馴染ませているようで、なんだか。
 自分の器はほんとうに小さくて狡いな。無邪気に食べ、呑む彼女は、こちらのそんな想いは気づいているのだろうか。
 ーー桜庭さん。直ちゃんを甘やかさないでください。
 声を失った伊純から、そう『言われ』た事もある。甘やかしているつもりはない、美味しいという彼女の笑顔を隣で見ていたい。
 それがいつからか、触れたい、と思うようにもなって。恋人関係であっても、照れて逃げ出す彼女相手ではなかなか進展しなくもありーー…。
 …難しいなあ。傷つけたくない大事にしたい。けど、自分も男なのだからちょっと欲があるのもわかって欲しい。そうしたら、彼女の逃げは彼女自身の照れではなく、こちらへの嫌悪に変わってしまうのだろうか。
「直純さん」
「はあい、なんですかあ」
 間延びした喋りの彼女に和み、ああ、言えないなあと苦笑して。
「…頼みがあるのだけれど、いいだろうか」
「いいだろうか、っていうか」
 鶏ハムをたいらげた彼女は、とろ、と細めた目でこちらを見つめてくる。見透かされているようで落ち着かない。
「蓮爾さんここのところずっと落ち込んでるみたいですからあ」
 てへ、とうってかわって可愛らしい笑みが浮かんだ。彼女の肩から力が抜ける。
「…いつ言ってくれるのかなあって。ずっと心配してたんですよお?」
 良かったあ、踏み込むのも難しいじゃないですかあこういうの。照れ隠しのように、少しだけテンポを早める彼女の口調。
 …そう言い終えるまでに、彼女の元に近づき傍に立つ。窓際に座る彼女から電灯の明かりを遮るようにして見下ろすと、アルビノ特有の白く透けた肌が、月光を纏って綺麗だった。
「今日は逃げないの」
「聞いちゃダメですよお、それ」
 いつもなら逃げているし隙があれば逃げてしまいそうだと。なら。まんまるい月に惹かれて、彼女が跳んでいってしまう前に。
「直純さん」
 腕の中へ、閉じ込めた。
「……甘えさせてくれないか」
 情けない願いだ。男らしくない。女々しくて嫌いだけれど、二月は虚勢もうまく張れやしない。魂が、あなたはそうじゃないでしょうと前世の女の姿で囁くんだ。
 彼女はうまく返事ができないようだったけれど、背中にまわる手は優しく、ぽんぽんと撫でてくれた。


 二月。
 記憶にない魂の欠落を、忘れてしまった片割れへの言いようのない不安を、蓮爾はまだ理解できていない。
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